自己啓発や心理学を学んでも「自分がわからない」が残るのはなぜか
自分を知るために、
本を読んだり考え方を学んだりして
いろいろな方法を試してきた。
それなのに、
「自分」がわからない
本当の気持ちがわからない
やりたいことがわからない
何を学んでもどこか腑に落ちない‥‥
そんな感覚が
ずっと残り続けていることがあります。

ちゃんと学んで
真面目に実践もしたはずななのに、
なぜ「自分がわからない」感覚は
いつまでも解決しきらず残ってしまう
のでしょうか。
そんなモヤモヤした苦しさを
ずっと抱えている場合、
知識や理解がまだ足りないからよりも
自分を知るための「段階」を
一つ飛ばしていたからかもしれません。
特に真面目に学んできた人ほど、です。
この記事では、
自己啓発や心理学をちゃんと学んでも
あまり変わらない理由と、
必要な段階について整理します。

学んでも変わらないのは
努力の問題ではない
大人はまず、考えて理解しようとします。
だからこそ、
「自分」について学んでみよう
と思うのは自然なことです。

ただ、
それで自己啓発や心理学を学んでも
あまり変わらないと、
「まだ私の理解が浅いから?」
「もっと深く勉強しないとダメなのかも」
と、真面目で努力家な人ほど
原因を自分の側に探してしまいます。
(人のせいにしないのは
とてもえらいことなのですが)
本も読んだし、講座も受けた。
自分でもいろいろ考えてきた。
それでも、
まだ何か噛み合わない‥‥

この行き詰まりは、
努力不足だから起きているとは限りません。
本当は学ぶことそのものではなく、
学び方の順番に原因があることがあります。

わかるのに変わらないのは
いきなり「理解」から入るから
自分を知る流れには、
本来こういう順番があります。
|
①自分の内側で起きていることを感じる ②それを理解する ③その自分で現実の社会を生きる |
ところが、
多くの大人はこの順番を飛ばして
②の自己理解から入ってしまいます。
まず勉強する
まず分析する
まず意味を考える
まず正解を確認する
すると、
理屈はわかるし、説明も理解できる。
自分のタイプや状態も、
頭ではかなり整理できています。

でも、それは本来の順番の
途中を先にやっている状態です。
だから「わかる」のに「変わらない」
が起きやすくなります。

自分がわからない苦しさは、
「ちゃんと感じていないこと」
から来る
理解から先に入ると、
どこに違和感があったのか
何を我慢していたのか
何に心が動いていたのか
本当はどうしたかったのか
といった自分の内側で感じた反応は
無視されたままになりやすくなります。
この状態では、
「わかったつもり」にはなれても、
自分の内側では何も変わっていません。

自己啓発や心理学の多くは、
考え方や捉え方を教えてくれます。
たしかにそれは大事な助けになります。
ただ、自分がわからない苦しさの根本は、
外から知識を足すだけでは
自分の内側には響かないことがあります。
なぜならその苦しさは、
正しいやり方を知らないからというより、
自分の気持ちや違和感を
自分で感じられなくなっていること
から来ていることがあるからです。

本当は嫌だった
本当は悲しかった
本当は望んでいなかった
こうしたものに自分で触れられなければ、
どれだけ立派な考えを学んでも
どこかでずれ続けます。
外からの知識を増やすことと、
自分の内側がつながることは別だからです。

自分を知るには、
考える前に「感じる」段階がいる
本当に必要なのは、
いきなり意味を考えることではなく
その前に自分の内側で起きていることを
ちゃんと感じることです。
たとえば、
自分は何に心が動いたのか
どこが引っかかったのか
何を我慢していたのか
どんな気持ちが
言葉になっていなかったのか
こうしたものに、
それらしい意味をつけたり
それがいいことか悪いことかを
頭でジャッジしたりする前に、
まずそのまま感じる。
この段階が抜け落ちたままいくら考えても、
整理されるのは
「説明しやすい自分」のことばかりで、
「本当の自分」にはなかなか近づけません。

いきなり②の理解から始める前に、
本当はまず①の「感じる」の段階が
必要なのです。

だから、言葉だけでは
足りないことがある
ただ、ここで一つ問題があります。
まだ見えていない気持ちや
うまく言えない違和感、
言葉にすると少しずれてしまう感覚は、
言葉だけでは見落としやすい
ということです。
大人はどうしても、
言葉で自分を理解しようとしがちです。
でも、言葉にできるものは
すでにある程度わかっているもの
でもあります。
だからこそ、
まだ言葉にならない感情や感覚に触れるには
言葉以外の手掛かりが必要になります。
絵日記学で絵を使うのは、
上手に描くためではありません。
まだ言葉にならない感情や感覚を、
見える形にして
受け取りやすくするためです。

つまり絵は、非言語による
自分の内側を知るための素材なんです。

絵日記学がしているのは、
「理解の前段階」を取り戻すこと
絵日記学がしているのは、
新しい知識を増やすことそのもの
ではありません。
まず自分の中で途切れていた
内側とのつながりを取り戻すことです。
頭ではこう思っている
でも心はついてきていない
本音は自分でもわからない
そんなずれを、
外の誰かからの知識で埋めるのではなく
自分の日常の体験の中から見つけていく。
そうすることで、
まず自分の内側で何が起きているのかが
わかるようになってきます。

この順番が整うことで、
今まで学んできた知識や理解も
ようやく自分の内側とつながり始めます。

絵日記学は
自己理解で終わらない
ただ、自己理解して
「本当の自分」が見つかったら終わり‥‥
というわけではありません。
本当の自分がわかってきたら、
その自分で現実の社会をどう生きるか?
が次の段階になります。
「自分は見つかった、けど、‥‥で?」
「この自分を、現実でどうすればいいの?」
ここでまた、次に壁の壁にぶつかります。

だから絵日記学は、
ただ自分を知って終わる学びではなく、
自分を取り戻した後
それを現実の中でどう活かしていくか
まで扱っていきます。
③「その自分で現実の社会を生きる」
の部分ですね。
ただ、やはりここでも
まずは自分の内側で起きていることを
感じ取れることが大前提です。

学んでも変わらない時に必要なのは
「もっと知ること」ではなく
まず「自分を感じること」
いくら自己啓発や心理学を学んでも、
「やっぱりまだ自分がわからない」
が残る。
その原因は
ちゃんとできていないからではなく、
「理解」の前に必要な段階が
抜けていたからかもしれません。
自分を知るには、
まず自分の内側で起きたことを
ちゃんと感じること。
その上で初めて、
理解や変化が本当に自分のものに
なっていきます。
大人のための『絵日記学』は、
感じること
理解すること
そしてその自分で生きること
その順番を大切にしながら、
日常の体験を通して
「自分」を見失わずに生きる心を
育てていく学びなのです。


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自分を活かして生きたい方は、
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