「絵が下手だよね」と言われても描きたくなる絵日記

先日、絵の仕事に携わっている人から言われました。

「サワさんの絵って、正直そんなに上手くないよね。」

はい、その通りだと思います。
元々私は、絵がうまいわけじゃありません。
(そもそも美術の成績も「2」でしたし。笑)

 

そう言うと、絵がまったく描けない人からしたら
「え!?なに十分うまいじゃん!」
と思われるかもしれませんが、
ちょっと絵を専門的にやっている人が見れば、
素人が描いていることが一目瞭然なのです。

デッサンが狂っているし、
骨格がおかしなことになっているし、
絵日記に登場する人の顔が似ていない。笑

 

理由は簡単で、
私は、落書き専門だったから。

絵の基礎をちゃんと勉強してきていないんですね。
漫画家や、イラストレーターという将来にも、
美大を目指したりもあまり興味がなかった。

(絵のうまさでいったら、
絵日記学の生徒さんの方が上手…なんてよくあることです。笑)

 

でも、
少なくとも、絵が好きで 楽しんで描いています。
そして、私の絵がうまくないのになんか気になってしまうのは、
絵を描くことを楽しんで描いている感情が、
線の一本一本に乗ってしまうからだと思います。

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私は子どもの頃から、美術の授業が嫌いでした。

学校の風景やデッサンなど、
描くものが決められていて、人に評価をされる。
「ここが物足りないから、こうしなさい」とか、
「あなたの絵はこの点数ですよ」
というのが、気に入らなかった。笑
なので、いつもちゃんと描かず不真面目な生徒でした。

絵が好きでいたいからこそ、
美術の授業が嫌いだったのかもしれません。

絵が苦手…と思っている人って、
この美術の授業の体験記憶で占められてしまう。
絵が「制約」と「人の評価」という印象になっていたら、
そりゃあ苦手にもなりますよ。
そんなもの、私だって苦痛だもの。

私が大人になった今でも絵を好きでいられたのは、
私の描いている絵日記が、
一般的に知られているあの絵日記でなく、
言葉にただ「落書き」を添えたもの
という存在だったからなんですね。

 

落書きは、誰にも評価されないし、描きたいものだけを描く。
「自由の中で、絵で遊ぶ」ことができるのが落書きだと思います。

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絵日記講座に参加しようか迷っている人の質問で、
一番多いのがやはりこれ。

「絵が下手なんですが、受けられますか?」

というもの。

 

大丈夫。
上手い下手がどうでもいいのが絵日記です。笑

そのかわり、
この絵日記を描いていくうちに、
自分の絵が、ちょっと好きになれます。

 

つまりそれは、

自分をちょっと好きになることと同義なのです。

 

他人の評価で、自分を嫌いにならないでいい。
それを、講座の中で
体験をもって知ることができると思います。

 


2016-01-24 | Posted in 大人の絵日記学No Comments » 

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