人間には日記が必要だと、夏目漱石の猫だって言ってる
『吾輩は猫である』の著者、夏目漱石は
みなさんもご存知だと思います。
ところで
漱石さんの生きていらした大正時代って、
「日記の時代」でもあったのは
ご存知でしょうか?
それまでの日本では、
日記は貴族や武士といった
一部の位の高い人のたしなみだったのが、
大正に入ると広く民衆にまで広まり、
書かれるようになった時代です。
民衆たち一人一人の声が強くなり、
それまであった決まりや流れを変える
市民運動があちこちで起きました。
その中で自分たち一人一人の
考えや思想がより問われ、
ただの備忘録を超えた日記が
書かれ始めた時代なのだそう。
さてさて、
難しい歴史の話はこれくらいにして、
日記の話に戻りましょう。
「なんで大人が
わざわざ絵日記を書く必要があるの?」
大人に絵日記の書き方を教える
仕事をしていますと言うと、
よくこのような質問をされます。
たしかに大人の私たちは、
日々の中でやらなくてはいけないことや
やりたいことが沢山で忙しい。
時間がいくらあっても足りませんよね。
なのに日記なんて、
手間もかかるし時間もかかる。
(しかも正直めんどくさい‥‥)
そんな時間や労力のコストをかけて
わざわざ日常のことを書いて、
なんの意味があるんだろう?
そんな疑問が浮かぶのも、
そりゃあ当然ですよね。
ある時、絵日記学の生徒さんから
こんな報告がありました。
「夏目漱石の、吾輩は猫である
の小説に出てくる猫のセリフ、
さわさんが講座で伝えていることと
同じようなことを言っていました!」
猫「表裏ある人間は日記でも書いて、
世間に出されない面目を
暗室内に発揮する必要が
あるかもしれない。」
(引用元:青空文庫「吾輩は猫である」夏目漱石))
‥‥ね、猫ーーーっっ!!
てか、漱石さーーーんっ!それ!!!
▼2014年7月11日の絵日記
そうなんです。「表裏」。
‥‥別に腹黒いとか闇が深いとか
二重人格とか大袈裟なものでなくて、
社会の中で生活していると、
大人って建前と本音を
使い分けたりしますよね。
それは円滑なコミニュケーションや
役割や礼儀、相手への配慮でもあるので、
表裏あることが悪いわけじゃないんです。
そんなことは猫だって言ってません。
でも、だからこそ
自分の100%の生々しい本音は、
外にはなかなか晒せないものです。
「だったらもういい、私は私でいく!
周りも社会も、もう知るかー!」
と、いっそ開き直って
ドロップアウトするのも一つですが、
孤立し、繋がりを放棄した人は
コミュニケーションについて
問題を抱えたままになります。
他者の集まりでできている社会の中で
うまく噛み合い生きていく上で、
人の目や常識、ルールは
どうしたって必要ですしね。
日記をブログやSNSで書いたとしても、
実名で批判やネガティブなことを
あまりにも正直に書いてしまうと、
誰かを傷つけてしまったり
反感を買ってしまったりで、
炎上してしまい兼ねません。
だから言葉のカドを取って
言い回しを優しめに書き変えて、
誰が読んでも不快感を与えないように
頭の中で自動的に修正を加えます。
100%の自分の本音だったものは、
80、50、20%‥‥と
みるみる抑えられてしまいます。
だから建前と本音を使い分けることは
悪いことではないんだよと書きました。
ただ、大人はこの建前を
あまりにも日常的に使いすぎて、
自分の本音をどこにも晒せなくなり、
隠しすぎて自分の気持ちを
自分でさえ見失ってしまう
ことが起きるのです。
そうすると、
『自分の本当の気持ち』や
『自分が本当は大事だったもの』が
わからなくなってしまいます。
そんな、
人間の社会を生きていく大人にこそ、
一人静かに自分と向き合って、
人の目や正しさによって
心の奥底に押し込まれてしまった
自分の本音を日記に書き出し、
自分の内面を整理する時間
が必要なのだと思います。
猫は建前なんて使うこともなく、
いつも自分のしたいように生きていて
表裏がないから、
日記に本音を吐き出す必要がないけど、
社会で生きていく上では
建前を使い分けることが必要な人間は、
日記という方法を使って
自分の心の奥底に押し込めた思いを
出すという作業が必要だよね、と。
‥‥猫の視点から見たら、
私たち人間の社会というのは
だいぶめんどくさそうに
見えるでしょうね。笑
そんな、夏目漱石自身の考えを
猫に代わりに言わせていることで、
ストレートな皮肉や風刺が
やわらかになるところが、
すごく、彼らしいなぁと思います。
‥‥もし今後、
大人の人に絵日記の必要性を
理解してもらえなかった時は、
「だ、だって
漱石さんもそう言ってたもん!!」
と言って、大人げなく
夏目漱石というなんとも強力な味方を
出させてもらおうと思います。
「うちの父ちゃん、えらいんだからな!」
と言って人の手柄で自分を誇示しようとする
子どものように。笑
そうでなくても、
私たちが生きていく中で、
前に進もうとしたり
何かに挑戦したりする時、
行き詰まることって必ずありますよね。
そんな時、
過去の人たちや過去のできごとが、
その解決のヒントをいつも教えてくれます。
私が、大正時代に生きていた人から
今の仕事のヒントをもらい、
背中を押してもらったように。
「新しい未来を作るための道を、
歴史が導いてくれる」
なんてよくいいますよね。
同様に、
自分の日記というのは、
「過去の自分」が「今の自分」へと
沢山のヒントをくれる
自分だけの情報が詰まった大事な本
でもあるんです。
それは、
書いた人にしか効果を発揮しません。
そしてその本の筆者は、
あなた以外には書けないものなんです。
あなたの目で見て、
あなたの心で感じて、
あなたの考えや行動など、
あなたのことだけが詰まった本。
それが日記です。
日記、
確かに大人に必要なものなのかも‥‥
って、ちょっとでも
心が動いていただけたら嬉しいです。
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