反抗期を経験せずに大人になった人は、アイデンティティの確立が難しい

先日、絵日記学の生徒さんたちの間で、
反抗期をちゃんとやらずに大人になった
という面白い共通点が見つかりました。

「自分」を見つけたい人が集まる絵日記学と
深いところで何か関係ありそうだったので、
反抗期について掘り下げてみました。

 

日々のことを絵日記に書いていると、
何気なく書いたその一文の中に
自分の「心の癖」がたくさん見つかります。

正解の答えを探そうとする癖
絶対にルールを守らないといけない癖
目上の人に素直になれない癖
期待に応えようとする癖
相手の機嫌を取ろうとする癖
自信が持てず弱気になる癖
認められようとして無理をする癖‥‥

「そんな癖、やりたいわけじゃないのに、
直らないのはなんでだろう?」
というジレンマに、
実は反抗期による『親離れ』が
未完了
なことが影響していたりします。

というわけで今回は、
反抗期とアイデンティティの関係
についてお話ししようと思います。

これを読んでいるあなたは、
過去に反抗期って経験されましたか?

親に特に不満もなく育った、
親と友達みたいに仲が良かった
という人は今の30代以降、
多くなってきていると言われています。

でも、そういう人だけでなく、
怖くて何も言い返せなかった
既に最初から壁があった
今が遅れてきた反抗期だという人も、
反抗期を終えられていない可能性
があるんです。

反抗期が完了してないと
精神的に親離れできないのは、
親と仲が良くても悪くても同じです。

 

あるいは「反抗期はなかったけど、
別に今、親離れしてるけど?」
と思う人もいるかもしれません。

でも、親離れって
実家を出るとか経済的自立だけでは
ありませんよね。
自分で判断できること
といえば確かにそうなのですが、
その判断をする自分の思考にさえ
親の思考が混じっている可能性が
あるんです。

「反抗期」と言っても、
なにも親をなんでもかんでも否定し
攻撃的な態度で噛みつく‥‥
というものでもないんです。

そもそも反抗期は
なんのためにあるのかというと、
生き物が成長し自立をするために通るもの。

「私は私である」と自分の個を理解する
自我の発達の第二段階
です。
(第一段階は3歳に来るイヤイヤ期ですね)

 

親に守って育ててもらわないと
生きていけなかった子の立場から、
親に依存せず自分の足で立つ際に
「親と自分は、違う人格・人間だ」
ということを認識し直し、
自分と親の間に正しく線を引けること
需要なポイントです。

線といっても決裂し分断するものでなく、
のれん分けのような平和なものです。

これが認識できて初めて
精神的にも自立した親離れができます。

絵日記学にたどり着く生徒さんは、
「自分がない」
「自分の本当の気持ちがわからない」
「アイデンティティが崩壊してしまい、
再構築のしかたがわからない」

「それで自己啓発を学んだら、
ますます自分がわからなくなった」
という人が多くいます。

「今度こそ自分を見つけ、確立したい」

「私らしい生き方をしていると
自信を持ってまっすぐ言える
本当の大人に
なりたい」

そういう面から見ても、
自分が「父や母の子」ではなく
「自分は自分である」と認識し直す親離れは
自分のアイデンティティを確立する上でも
大きく影響してきます。

ここでちょっと
心の話にも触れておきましょう。

絵日記学でおなじみの大人心と子供心。
この2つどちらの心にも、
実は「親」が影響します。

 >リンク 大人心・子供心とは

 

たとえば自分の『大人心』の発言は、
親や親に近い役割の大人のセリフを
そのままコピーしていることが多いです。

又、『子供心』の発言は、
親に対して反応した当時の自分や解釈
深く関係しています。

幼少期に親の影響を受けるのは
自然なことなので、
それ自体が悪いことではありません。

ただ、ここで厄介なのは、
その親の言葉を、自分の言葉だと
疑わずに
使っていることなんです。

 

自分じゃないもので
「自分」が構成されると何がまずいか。

自分の人生を生きていない人になります。

言い換えると、
親の作った世界の中から
抜け出せなていないと知らずに
生きている人。

すると自分ではない人生を送っているので、
人格や現実に不具合が起こります。

親以外にも
他者との境界線の引き方が曖昧になり、
人間関係やコミュニケーションにも
トラブルが起きやすくなってしまいます。

さて、ここまで子の親離れについて
話してきましたが、逆もしかりです。
親も子離れできていない可能性がある
ということ。

理由は子のそれより明確ですよね。
「親」という役割があることで
自分が必要とされる存在になれるので、
自分の存在意義が見出せます。

だから「親」という
肩書きや役割を手放すと、
親も、自分がなくなってしまうような
気がする
んです。

>リンク
自分がないと気付いてしまった
アイデンティティの崩壊後はどうしたら?

すると親も無意識で抵抗が起きるんですね。
だって自分の存在する意味を失うのって
すごく怖いですもん。

頭では子の自立や成長を望みながら、
心の奥では、
ずっと子でいてほしい
親でいさせてほしい
と望んでしまったりします。

もちろん無意識なので、
そんなこと思っている自覚は本人にはなく、
でも常にどこかで子の自立を
認め切ていない状態です。

そういう親の場合、
自立を望む親として振舞いながらも、
過剰に心配したり物やお金を送ったり
会話や態度にどこか子供扱いが滲み出ます。

 

だからこそ、
子は親離れ、親は子離れすることは
親と子、お互いを自立させ、
互いのアイデンティティの確立を
加速させます。

ここまで読んでいただくと、
自分の考えや意思を持ち
アイデンティティの確立をする反抗期が、
親と決裂するためではないことが
理解いただけたのではないかなと思います。

 

私たちはいつのまにか
自分の内面を追い越して
先に外見ばかりが大人になり、
年齢だけを基準に成人式を行い、
成人した大人として社会に放り出されます。

そのため、年齢的、社会的には大人でも、
「精神的な大人」になるための自立が
未完了のままなことがあります。

しかもどうしたらそこが埋められるのか
ハッキリわからないまま、
社会人や、自分も親になっていくんです。

 

大人として社会には出たものの
どこか自分だけはみ出している感じがし、
感覚的だったり感情的な子供心が強い人や
年齢のわりに幼いと言われてしまう人は、
絵日記で自分の内面と向き合っていく中で
自分の考えや感情、意思を
自分の言葉で話せるようになり、
『本当の大人』の顔つきになっていきます。

 

このように、外見だけでなく
「精神的にも自立した成人」になるための
内面の部分を学んでいくのが、
『大人のための絵日記学』です。

正確には『大人になるための絵日記学』
なのかもしれませんね。

‥‥ちょっと語感が悪いかな。笑

 

 

精神的にも自立した
『本当の大人』になりたい方はこちらから


2021-01-10 | Posted in 心のおはなしNo Comments » 

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