「好きを仕事に!」という流行が苦しめるもの

最近、『好きを仕事に!』みたいなフレーズを目にすることが増えた気がします。
そういうのが世の中で広がってきたのだなぁと。

私自身も(まだまだ手探り段階ではあるけれど)、ようやく絵日記の講座として一つの商品の形にしそれでメシを食えるようになってきたので、「好きを仕事にしている人間」の部類にいつのまにか、曲がりなりにも入っているのだなぁと最近気付きました。

…とはいえ、私の場合、「将来これを仕事にしよう!」と思って絵日記を書いてきたわけではなく、
「いや、何故か理由はわからないんだけど、なんかもう絵日記が好きで好きでたまらなくてやめられないんだよねぇ。これ。。」
という理由のない想いだけに突き動かされて、気付いたら釣りバカならぬ絵日記バカになっていた人間なので、これを仕事にしようとしたのは、大人になったずっと後なんですよね。

むしろ、絵日記はただの”趣味”だと思っていたので、これが仕事になるなんて、誰よりも私が思っていませんでした。
16年書いている絵日記を最初に候補から外した残りを眺めて、

「自分のやりたい仕事がわからない…」

と様々な職を転々とし、悩んでいました。
横山やすし師匠の頭にメガネをかけたままメガネを探す、メガネメガネ状態ですね。笑

megane

なので、感覚で「なんか好き!」というだけの実体のない想いを”仕事”という具体的な形にするまでには、様々な試行錯誤や失敗や貯金残高0や(笑)、もうダメかもしれないという諦めや悔し涙がものすごく沢山あったわけです(いや、今も現在進行形ですね)。

この世に存在しない謎の職業を、自分の感性だけを頼りに手探りで理由のない想いを形にできたのは、自分の「これが将来何の役に立つのかとか好きな理由は今はまだわからないけど、なんかどうしょうもなくこれが好きという気持ちだけは確かだ」という、自分の気持ちを信じられたから

好きを仕事に変換できない以前に、そもそも「自分の好き」がわからない場合、自分の気持ちを感じること自体ができていないと、本当はもう好きなことに出会っているのに見落としてしまっている可能性があります。

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ただその一方で、『好きを仕事に!』が流行りすぎてしまうと、「好きを仕事にすることが正しい」という暗黙の了解のようなものが世の中にでき上がり、好きを仕事にできていない人や好きなものが見つからない人を追い詰める風潮にならないといいなぁとは思っています。

絵日記学では、自分の人生で本当は大事だったものである『コア』を見つける為の自分の心の使い方とその精度を上げる方法を教えていくわけですが、
そもそもの大前提として、コアはどんな人にも存在はしているので、それが今曇って見えなくなっていようが明確になっていて発揮していようが、あなたの価値は最初から「在る」ということを忘れないでほしいと思います。

無価値感や罪悪感に自分が飲まれてしまうと、自分にはコア(価値)が無いような気がしてしまい、自分の価値を埋め合わせる為に過剰に努力したりして疲弊し、希望を見失い目に光がなくなってしまうので。

それが、ますます自分を「本当の大人」の状態から遠ざけてしまうのです。

「今は見えないけど、私にもちゃんと在るんだ!だから、絶対、最後は大丈夫になる。」

まずはここをしっかり自覚すること。
自分で作り出した不安や混乱に飲まれないこと。
安心して、モヤモヤしてください。
曇りを払えば、そこにはちゃんと在るんです。

そして、その曇りの払い方、心やコアを見つける方法というのが、私が大人の絵日記講座でお伝えしていることです。

 

 


2016-06-30 | Posted in 大人の絵日記学No Comments » 

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