自分の才能や志がわからない(前編)

先日、絵日記学の上級生クラス
「続編」の第5話の授業で、
「志」についての話をしてきました。

 

さて、この「志」というもの、
なんだかとてもハードルが高く
「そんな立派なもの、
平凡な私には一生無縁だな‥‥」
と気が引けてしまう人が多いように感じます。

 

ちなみに志とは、

「自分の持って生まれた才能を
この世の中にこう生かしたいと思う意志」

のことで、

「生まれてきた意味、使命」

とも言い換えることができます。

 

‥‥こんな崇高なこと言われても、
「無理ーっ」ってなりますよね。笑

大丈夫。
そんな難しいものでなく、
ちゃんと「あなたらしい志」
見つけ方があるので、書いていきますね。

 

 

さて、この志。
「持って生まれた才能を生かす」
と言われても、
そもそもこの才能や打ち込めるものが
私にはこれといってないしなーと思って
モヤモヤしてしまう人には、
ある似た傾向があります。

さて、どんなことでしょう?

 

   

 

傾向として、答えを先読みする頭のいい人、
感情より思考が優位な人に多いんですね。
普段から、大人心が強めの人です。

効率や答えを先に考える人は、
無意味なこと、ムダなことをするのを
避けたがってしまいます。

この時、心の中にいる子供心が
「ムダなこと = 損や失敗」と捉えている
怖がりな慎重さんだったりします。

それ自体は悪いことではありませんが、
この慎重の優先度が高すぎると
「やりたい」とか「好き」という気持ちより
慎重さが優位になってしまうので、
人生の中でムダなことをあえてする
という経験値が、圧倒的に少ない。

なぜかというと、
ゴールまでワープしただけで
途中のプロセスを十分味わえず、
経験値がなかなか貯まらないからです。

たとえば小説や映画の結末だけ聞いて
内容を見ないようなものなので、
ドキドキやハラハラなどといった
途中過程の心の動きや、
最後の感動は薄いものになるでしょう。

 

結論だけつまんで早く答えを知れるのは
たしかに効率的で楽ですが、
それでは頭の中だけで考えて
実体験し感じるという中身を作る部分が
育たないままなので、
ただの「頭でっかちで人間の浅い人」
になってしまいます。

これは、学生や若者に対しても
よく問題視されていることですよね。

 

 

そしてこれは同時に、
好きという気持ちの先にある「情熱」、
ひいては「才能」を見つけづらくなる
というデメリットもあります。

 

だって本来「才能」って、
たとえムダかもしれなくも
お金や評価などのメリットがなくても、
それでも何故か好きでやってしまうくらいの
自分を突き動かす「感情」や「衝動」で、
理屈ではないものだからです。

 

プロセスを飛ばしてしまう人は、
小さな「好き」という気持ちのタネが
発芽し「情熱」まで成長する前に、

結論を出してしまいます。

だからなかなか情熱がわからず、
いつまでも自分の才能に
気付きにくくなってしまうのです。

‥‥でもこれって、
ただの残念なニュースという訳でもないと
私は思うんですね。

だって、視点を変えてみると、
決して自分に才能がないわけじゃなかった
という証拠の理由
でもあるんですから!

 

ただちょっと
『自分の才能を見つけにくい思考パターン』
を持っていたせいで見えなかっただけで、
そのパターンをしなくなれればいい。

自分には才能がないんじゃなくて、
そのパターンが発動しなくなったら
本当は自分にもちゃんと才能はあったんだ
とすると‥‥これって、
希望のニュースでもありませんか?

(‥‥ちなみに。
「あれもこれも好き!全部やりたい!」
という感覚タイプの子供心がいる人は、
好きの感情がうまくコントロールできず
それはそれで暴走が起きますが、
それはまた別の機会に記述します。)

 

才能は、本当はある。

さて、じゃあそういう人が
自分の才能を見つけるには、
どうすればいいのでしょうか?

‥‥長くなってしまったので、
後半に続きます。

 

 

 

自分の小さな「好き」の気持ちを
見つけるのが苦手な方は、まずこちらから

 


2019-10-18 | Posted in 心のおはなしNo Comments » 

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